きた日誌

2015.12.29更新

マインドフルネス 研究所の 最後の茶話会・忘年会がありました。

「いま、ここ」にこころを込めて、日々の生活を送るマインドフルな生き方は、いろいろな悩み、疲れから、こころも身体も解き放ってくれる、一種のここちよさがあります。

お話を聞くだけで、気持ちも身体もシャキッとする北山喜与先生にもお会いできて、同士の方たちとの話も得るものが多く、今年の最高の締めくくりになりました。





調子が悪くて、診察を受けに来ておられると思いますが、その診察時間すら、じっとできない、待っていられない方がおられます。「いま、ここ」どころではないですね。


特に男の子はゲーム好きな子供さんが多く、待合室だけでなく、診察が始まろうとする診察のいすにすわってからでも、まだゲームをやり続けています。診察の待ち時間にゲームをしているのか、ゲームができるから診察に来たのか、わからないようなことも...。注意されない親御さんも、おられます。

さらには、子供さんだけかと思ったら、先日は 40歳をこえて、もう立派な大人の方が、やはり診察のいすにすわったときから、スマホ。さらに、医療機器を操作するために、ちょっと目をはなすと、スマホ画面をスクロールして、サイトを見ている。

待ち時間にスマホを見ているのでもなく、用件があって電話やメールというのではなく、診察が始まってから、診察する時間すら、じっとできずに、気になるサイトを見ているんですね。

これが、診察を受けるときの、今の 大人の方の受診態度です...。ちょっと、悲しくなりました。

きょくたんな例かもしれませんが、人と話をする、食事をする、何気ない動作一つとっても、なかなかこころを込めて、集中できないことが多いものです。

年内の診察も、残りわずかですが、患者さんの訴えに耳をかたむけ、こころを込めて診察にあたりたいと思います。




投稿者: きたにし耳鼻咽喉科

2015.12.21更新

先日 今年の漢字が
「安」あん 
と発表されました。

みなさん、それぞれの方の、今年の漢字があるでしょうね。

ここ数年の、医師として、個人の生活として、ほんとうに激動の日々を送っています。
すべて、感謝することばかりです。自分自身は、目の前に与えられること、今を大切に行きたいと思いながらすごしていますが、次々に現れてくる、いいお話、ありがたいお話に、驚かされています。

今年は、日本アーユルヴェーダ学会、日本ヨーガ療法学会、日本健康促進医学会の合同大会の、日本アーユルヴェーダ学会の大会長を担当させていただき、なんとか無事大役を終えることができました。
また、それに引き続き、その学会の一部会として、頭頚部領域を学ぶ シャーラーキャ・タントラム研究会の代表世話人も担当させてもらうことになりました。

先日、今年一年の締めくくりで、忘年会がありました。



アーユルヴェーダを学ぶ人たちは、みなさんお元気です。来年も、早くも学会発表の予定も決まってきています。
まだまだまだ、学びの日々ですが、少しでも患者さんの症状、苦痛を和らげることができるよう、診察イスにすわられた、目の前の患者さんと、向き合っていきたいと思います。

私の今年の漢字は、やはり インドの 「印」で決まりです。

投稿者: きたにし耳鼻咽喉科

2015.12.16更新

先日 電車で子供を塾まで送っていきました。
そこは、私が40年弱前に、小学校のころ私が通っていた塾の近くでした。
少し遠回りをして、以前塾があったところまで歩いていきました。



もちろん、私が小学校以来、その場所に行ったことはありません。



それが、駅前まで行くと、あの時の、おおよそ40年前の、道順や記憶が鮮明によみがえってきました。
景色は大きく変わり、塾もなくなっているにもかかわらず。

「記憶」について、くわしいことはわかりませんが、何十年も使われなかった、しかも特に必要ではないはずの景色、道順が、しっかりと頭に残っていた意味は何なのかな、とふと考えさせられました。


当時は、塾に通っていたといっても、目の前の宿題をこなすだけだったように思いますが、今では子供がそういう年齢になったんだなと、あらためて時の流れのはやさを感じました。そういえば、その時の生活が、今の自分を作ってくれているのかな、と、小学生の自分に ありがとうといいたくなりました。

この景色の記憶が残っていたのは、当時に思いをはせて、なつかしんで、それを楽しみ、当時の自分に感謝するため、だったんでしょうね。




投稿者: きたにし耳鼻咽喉科

2015.12.14更新

先日 今年最後の学会となる日本統合医療学会に参加してきました。
山口県は、なかなか行く機会がなかったので、観光はできませんでしたが、とてものどかないいところでした。
新幹線 『さくら』にも乗車しました。車内も落ち着いた雰囲気でした。ただ、乗り過ごすと、鹿児島まで行ってしまうという、へんなプレッシャーがありました...



今回も、学会ではいろいろと学びがあり、ご縁も広がりました。
懇親会で、テンションが高めですが、統合医療 川嶋朗先生、関西でお世話になる平野(竹村)先生をはじめ、
いろんなお話が聞けました。



また、ホメオパシー医学会 板村先生のご配慮で、アリゾナ大学統合医療センターのビクトリア・メイズ先生にも、ご挨拶だけでしたが、お話ができ、とても有意義でした。



また、志を同じくする先生方と、学会で集まった機会を利用して、話合い、打ち合わせができ、来年も、今年とは違う、パワーアップ、バージョンアップした、診療ができそうです。


学会参加、発表は、今年はこれで終わりになりそうですが、健康雑誌の原稿、学会発表後の論文まとめ、来年発表予定の学会への申込み抄録、2冊目の書籍出版など...

私に、こうした機会を与えていただいているすべてに感謝しながら、受験をひかえている娘と夜遅くまで、パソコンにむかっております。お互いに、励ましあいながら、勉強にはげんでいます。いい年末年始になりそうな予感...。

投稿者: きたにし耳鼻咽喉科

2015.12.09更新

先日、高齢者の方を対象に、大学校での講義がありました。
みなさんの、学びたい意欲、熱気がすばらしく、こちらがとても刺激を受けました。

ようやく、今年の講演、発表の予定が終了しました。ありがたいことに、来年もすでに3回の講演、発表予定が入っています。耳鼻科の一般開業医として診察をしているだけなので、決して新たなことを発見した、新しい取り組みをしている、ということではありませんが、いくつかの代替医療を中心に、現代西洋医学とあわせた統合医療について、お話しする機会がいただけることに、感謝しています。

昨年末、書籍を出版させていただきました。




その中でもふれました。アメリカの教育家で、自ら盲聾の障害を持ちながら、身体障害者の教育や福祉に尽力したヘレン・ケラーのことばです。

書籍より 

「耳が聞こえないことは、目が見えないことよりも、より痛切で、より複雑なことです。聾(まったく聞こえないこと)は盲目より不運なことです。なぜなら、それは最も重要な致命的刺激を失うことを意味しているからです。つまり、言語をもたらし、思考を活性化し、人間同士の知的交際を可能にするのに欠かせない、声という最も重要な音刺激を失うことになるからです」

決して、目が見えないことのほうがましだ、ということではありません。耳が聞こえないということは、それほどつらいのだということを表した言葉だと思います。



先日、娘とも、耳鼻科の病気のことを話す機会がありました。もちろん、ヘレンケラーのことばは知らないのですが、

「自分(娘)なら、やっぱり目が見えないよりも、耳が聞こえない方がつらいと思うなあ。
だって、耳は聞こえないだけじゃなくて、ことばも話しにくくなるし、気分もふさがってやる気がでないし、
たいへんやから。」

と話していました。小学生ですが、そんな感覚を持っているんだなあ、と少し関心していました。

もちろん、五感の中の、80~90%が視覚から得ている、といわれる現代社会ですから、眼が見えないことのつらさは、はかりしれないものがあります。また一方で、聞こえない方を診察している身としては、聞こえないことは、いろいろな苦痛、不自由さをともなってきます。そのつらさに思いがいたるかどうか。


先日、来院された難聴、耳鳴りの高齢の患者さんも、

「他の病院に2年も通ったけど、薬を出して、1分で診察が終わります。
 先生、なんとかならないでしょうか...。」

とおっしゃっていました。「年をとったら、聞こえなくなって当たり前!」という感じだったようです。


いろいろとお聞きすると、補聴器も全くすすめれたこともなかったようでした。
最近では、補聴器で音を脳に伝えることで、脳の疲れをとってあげると、耳鳴りもかなり軽減する方がおられるので、
さっそくトライしてみることになりました。

すべての難聴、耳鳴りの方を治せるわけではありませんが、お一人おひとり、さらにその方の一つひとつの訴えに、耳をかたむけることが、何より大切ですね。






投稿者: きたにし耳鼻咽喉科

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